- 7.陳直と《養老奉親書》
- 陳直は宋代泰州興化(現在の江蘇省興化)の県令で、1085年に《養老奉親書》という書物を書き上げた人物です。今まで紹介した歴史上の名医と呼ばれる人たちと比べるとほとんど名前が知られていません。
《養老奉親書》は老人病学に関する書物で、多くの食事療法について記載があります。《養老奉親書》の序によると“縁老人之性、皆厭于薬而喜于食、以食治疾、勝于用药。况是老人之疾、慎于吐痢、尤宜用食以治之。凡老人有患、宜先食治。食治未愈、然後命药、此養老人之大法也。”と書かれています。老人が病気になったときは基本的に食事、食事で改善できない場合に薬を用いるべきだという意味です。食事を用いて治療するのは薬を用いて治療するのに勝るともかかれています。
《養老奉親書》には老人病の過程、症候、それぞれに対する食事療法、薬物療法が書かれています。特に四季にあわせた養生と胃腸機能を健やかに保つことが健康の秘訣であるとされ、現在に至るまで医薬学、栄養学、薬膳と多くの方面に影響を与えてきました。
書物には例えば老人を元気にする処方、老人の視力低下を予防する処方、耳鳴りを治す処方、痩せすぎの老人に力を与える処方など年齢と共に低下する様々な機能を治療するための処方がたくさん載せられています。例えば書物の最初に登場する「法制猪肚方」は“食治老人補虚羸、乏気力”の処方とされ、材料と作り方は“猪肚(二枚、洗、如食法) 人参(半両、去芦) 干姜(二銭、炮制、銼) 椒(二銭、去目、不開口者。微炒) 葱白(七茎、去鬚、切) 糯米(二合) 上件搗為末。入米合和相得、入猪肚内、缝合、勿令泄気。以水五升于鐺内、微火煮令爛熟。空心服、放温服之。次、暖酒一中盞飲之。”と書かれています。材料の分量や下処理の方法、調理の方法と食べ方が非常に詳しく記載されています。またすぐ次の処方では「益気牛乳方」 という当時としては非常に珍しい牛乳を使った養生法が記載されています。これによると牛乳はそのまま飲んでも良し、餅に練りこんでもよい、牛乳は牛肉にはるかに勝ると書かれています。
陳直の残した《養老奉親書》は現代薬膳の視点から見ても非常に有用な処方が少なくありません。 - 8.李珣と薬膳
- 李珣は唐代末期、四川梓州の人で、ペルシャ人であった祖父とのかかわりで、香薬つまり海外から輸入した薬物の販売を手がけていました。李珣の一族は当時の西方薬物に習熟しており、李珣はそれらの知識を中国に紹介、説明を加えた《海薬本草》 という書物を書き上げます。残念ながら原書は失われてしまいましたが、後世の《証類本草》や《本草綱目》などでたびたび引用されており、その内容は現在に伝わっています。
《海薬本草》が中国の食事療法、薬膳に与えた影響は非常に大きく、後代多くの海外産薬物や食物を中国に導入するきっかけを与えました。この書籍に記載されている薬物、食物の多くは現在でも薬膳でたびたび用いられます。また李珣は《海薬本草》で紹介した薬物を使った多くの料理を作ったといわれ、例えば四川料理でおなじみの丁香(クローブ)を用いた『丁香鴨』、昆布を用いた『昆布熗鴨』、檳榔で作った『檳榔飲』などが現在に伝わっています。特に丁香鴨は当時から現代に到るまで、ほぼそのままの形で食べられ続けている伝統料理となっています。
以下に丁香鴨の簡単な調理方法を記しておきます。
【材料】 丁香、肉桂、草豆蔻 各5g、鴨 1匹(約1kg)、ショウガ、ネギ 各15g、塩 5g、水 2.5L、チキンスープ 2.5L、ごま油、氷砂糖 各3g、味の素 2g。
【効能】 温中和胃、温腎助陽。
【作り方】 1.鴨肉をきれいに洗う。丁香、肉桂、草豆蔻を水で2回に分けて煎じ、薬液2.5Lを作る。ショウガとネギは包丁の背で叩いて砕いておく。2.薬液にショウガ、ネギ、鴨肉を入れ、20分ほど弱火で煮込む。3.鴨肉を取り出し、別の鍋で沸騰させておいたチキンスープに入れて火が通るまで煮込んで取り出す。4.鴨肉を煮込んだチキンスープを300ccとり、塩、氷砂糖、味の素を加えて味を調える。5.鴨肉を油をひいたフライパンに乗せ、作り方4のソースをかけながら炙り焼きにする。全体に色が付いたらごま油を振りかけて完成。 - 9.食医と薬膳
- 周王朝の官位制度をまとめた《周礼・天官》によると、当時の医師は食医、疾医、瘍医、獣医の四種に分けられていました。食医は“掌和王之六食、六飲、六膳、百羞、百醬、八珍之齊。凡食齊視春時、羹齊視夏時、醬齊視秋時、飲齊視冬時。凡和、春多酸、夏多苦、秋多辛、冬多咸、調以滑甘。凡會膳食之宜、牛宜稌、羊宜黍、豕宜稷、犬宜粱、雁宜麥、魚宜菰。”と説明されており、王の体調や四季に合わせていつでも料理を提供できるように準備するのが仕事でした。
食医は民の食事も司る権限を持っており、適切な食べ物を指示することで民の疾病を予防し、身体を健康に保つ仕事をしていました。唐代に孫思邈によって書かれた《千金要方》には“夫為医者,当須先洞暁病源、知其所犯、以食治之。食療不愈、然後命薬。薬性剛烈、猶若御兵。”と書かれており、まずは食事を管理することが大切であったと説いています。《千金要方》二十七巻の服食法第六には薬膳の処方が17種類記載されており、現在でも茯苓酥、杏仁酥などはそのまま食事療法に用いられます。
食医は民間にあって、その土地にあわせた食材で各種疾病を治療する方法を編み出し、知識として蓄積していきました。例えば古代中国で脚気が流行した場所には王朝から牛乳、羊乳、鰹などを食べるよう指示が出されることがありました。現代科学によってこれらの食物に豊富なビタミンB1が含まれることが分かっています。またダイコンやナシの汁に咳止め、小豆と鯉を一緒に煮込むと腹水除去、ショウガ湯に風邪を治す効果、玉竹で豚の心臓を煮込むと心臓病に効果があることが知られていました。食医らの培った知識は現在薬膳の中にも流れています。
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